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学校の歴史
本院が厚生省に移管されるまでは、訓練された日赤救護班看護婦が勤務していて看護業務に支障をきたすことはなかったが、日赤救護班が解散し、本人の希望で就職するようになると、看護婦の異動が激しくなり看護要員の不足が考えられ、自衛の為にも養成所附設の意見が起こった。海軍病院時代衛生兵の教育舎であった建物(旧5病棟の階下に3教室、階上を宿舎に改造して準備を整えた。その後の沿革の概要は、次の通りです。
| 旧看護婦規則による第1回生入学(35名) |
| 旧看護婦規則による「看護婦養成所」指定(佐賀県知事) |
| 保健婦助産婦看護婦法による「甲種看護婦養成所」指定(厚生大臣) |
| 甲種看護婦生徒第1回生入学(13名) |
| 甲種看護婦養成中止(1・2年全員国立大村病院附属高等看護学校へ転向) |
| 旧制度看護婦生徒第1回生31名卒業、同時に旧制度による養成廃止(学院閉鎖) |
| 新制度「乙種看護婦養成所」指定(厚生大臣) |
| 乙種看護婦生徒第1回生入学(35名) |
| 乙種看護婦第3回生入学。法令改正により以後乙種看護婦養成廃止。 |
| 「国立嬉野病院附属高等看護学院」と名称改正。 |
| 高等看護学院第1回生入学(25名) |
| 厚生省告示第343号により、新制度による「正看護婦養成所」指定。 |
本院高台に、旧病棟及び倉庫を改築。
学院、学院宿舎の名称の下に1階教室、2階寄宿舎として昭和48年までつづく。 |
1学年50名収容の校舎、病院前に新築され移転。
寄宿舎は旧学院及び旧看護婦宿舎(むつみ寮)を使用。 |
| 厚生省組織規定の一部改正により、「国立嬉野病院附属看護学校」と名称変更。 |
| 学校教育法第82条の2に規定する専修学校となり看護専門課程(看護学科)をおく。 |
| 旧学院高台に、150名収容の学生寄宿舎新築され第22、23、24回移転。 |
| 看護学校創立30周年記念式挙行。 |
| 看護学校創立40周年記念式挙行。 |
| 「医療専門師の称号」認定。 |
「情報処理室」設置
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| 「在宅実習室」完成(学生寮内) |
「体育館」落成式
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| 「独立行政法人国立病院機構 嬉野医療センター附属看護学校」と名称変更。 |
| むつみ寮跡地に校舎新築 |
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